accusationwrongdoingの日記

見過ごされてしまったある不正についての告発

一橋大学研究機構からの回答――続・多田治の不正――

先日の記事の末尾で、多田治一橋大学大学院社会学研究科教員)が犯した不正について一橋大学がどういう反応を示したのかについて次の記事で書くと予告いたしました。

 

多田治氏が『琉球新報』で犯した改ざん、捏造が研究不正に当たらないかどうか。一橋大学のサイトに掲載されていた研究不正に関する窓口に尋ねてみました。弁護士の先生が学外の窓口になっていました。

 

・文系における不正認定基準の厳しさーー数ページ単位の剽窃以外は放置ーー

 

一橋大学からの回答を紹介するまえに、文系において研究不正を申し立てても、あまりに認定基準が高く、厳しすぎてほとんど認められないことを確認させてください。

理系と違って、パテントなど莫大な利益が伴わない文系に関しては、アイディアの次元の盗作は存在しても、犯人が罰を受けることはなく、不正認定の基準は厳しい。すなわち、不正を働いた者に対して甘い。そのことは承知していました。

そのほか、たとえば、こういう話もあります。「研究不正についてメールで学会に告発しても、匿名なら無視され、顕名なら嫌がらせ、二次被害を受ける」、と。学者、研究者のほとんどはほかの学者、研究者の不正をかばうんですね。

さて、筆者の知る範囲で、最近、ニュースに取り上げられた研究不正、研究者が犯した不正を振り返ってみましょう。

まず、黒瀧秀久氏(東京農業大学自然資源経営学科教授)。読者の指摘によって、昨年の12月、岩波ジュニア新書『森の日本史』『榎本武揚明治維新 旧幕臣の描いた近代化』の2冊の記述に「文章の無断転用」が確認されました。岩波書店は絶版・回収を決めました。が、大学が黒瀧氏を処分したとの報は耳にしていません。研究論文、研究書ではなく、子ども向けの啓蒙書で犯した無断転用なので、研究不正には当たらないという判断なのでしょうか。

次に、渡辺真由子氏。氏はメディア学者、ジャーナリストです。慶応義塾大学に博士学位請求論文を提出し、受理されたのち、その論文を『『創作子どもポルノ』と子どもの人権』として勁草書房から出版しました。しかし、2018年12月、ほぼ一章丸ごとの文章の無断転用がみつかったため、版元の勁草書房が絶版、回収を決定しました。その後、慶応義塾大学も学位授与の取り消しを決定しました。

最後に、深井智朗氏。氏は当時東洋英和女学院長。岩波書店から出版された著書『ヴァイマールの聖なる政治的精神―ドイツ・ナショナリズムプロテスタンティズム』、岩波書店のPR誌『図書』に掲載された論考「エルンスト・トレルチの家計簿」のなかに、盗用と捏造がみつかりました。2018年9月、文章の盗用と存在しない資料の捏造に関して、北海学園大・小柳敦史准教授が学会誌に公開質問状を掲載したのです。深井氏の言う「カール・レフラー」なる人物が書いた論文は存在しない、と。その後、大学は深井氏を懲戒解雇しました。それを受けて、岩波書店も不正を認めて著書を絶版、回収しました。深井氏はさまざまな賞を受けていましたが、その受賞作にもほかの専門家から見るとあやしい記述が散見されていたそうです。小柳氏以外の若手の研究者もすでに気づいていて、「わからないね。カール・レフラーさんに聞いてみようか」という冗談を言い合っていたとも何かの記事には書かれていました。

総じて、著者自身がキリスト者であるし、所属研究機関もキリスト教大学であるという深井氏、東洋英和女子学院大学による重い処分のケースを除けば、大学は不正の認定と処分に対してかなり消極的です。出版社が不正を認めてやっと動く、もしくは認めても動きません。

多田治氏の不正が学位請求論文や研究雑誌や紀要紀要ではないところで、しかも数ページ単位の文章まるごとの剽窃ではないやりかたで行われた以上、日本人の倫理観では、不正の認定と処分は難しいかもしれません。

しかし、東洋英和女子学院大学が岩波書店のPR誌『図書』でも深井氏が犯した、「カール・レフラー」なる人物が歴史上存在したというでっちあげを含めて深井氏を懲戒解雇に処したことを思うと、『琉球新報』で松島泰勝氏との論争に勝ち、松島氏を傷つけるために、強い悪意を示しながら、相手の文章を改ざんし、論旨を捏造し、持説を強化しようとした多田治氏にも厳重注意ぐらいは与えられてもよいのではないかと筆者は思います。「懲戒解雇」ではなく「厳重注意」という軽い処分であっても、所属研究機関に不正を認められた時点で多田治氏のキャリアは終わってしまうとしても、だからといって、多田氏が無罪放免されていいわけではないです。

博士学位請求論文を専門書として出版したところで、はたして読者が何人いるのか。千人にも満たないでしょう。それに対して、地方紙だとはいえ、沖縄で『沖縄タイムス』とともに圧倒的なシェアを誇る『琉球新報』の購読者数は当時少なくとも数十万人だったはずです。数十万人に向けて、一貫した怒涛の悪意で、相手の文を改ざんし、流言飛語を巻き散らし、名誉を毀損し、嫌がらせを続けたことの罪は重すぎます。

 

しかし、一橋大学は、明らかにデマ、流言飛語や名誉毀損を含む多田の業績を、筆者が指摘したあとでさえも、多田の教員紹介ページの「業績 その他」のリストに、何の釈明もなく、含めたままにしています。研究書、研究論文以外の雑多な業績までを教員紹介ページに掲載することで社会や学会への貢献をアピールしておきながら、そのなかに瑕疵がみつかっても、ひたすら無視するか、あるいは隠蔽するかするだけなのです。

 

 

・窓口から一橋大学研究機構までの遠い道のり

 

しかし、まず、わかったのは、拙劣な対応から察するに、一橋大学には「研究」に関連して盗用、改ざん、捏造などの不正を行ったかどうかについて検討してきた経験がないらしいことです。

 

学内の不正告発担当者によると、告発者が一橋大学関係者、つまり学内の者でなければ、研究不正に関する告発を受けられない。最初、そういう回答が弁護士から返ってきたのです。筆者は法律に詳しくはありませんが、公益通報者保護法は、被害者、通報者に対する二次被害を防ぐために定められたのではないでしょうか。担当者がこういう処理をしてしまうと、通報者の資格を制限し、受理件数を抑えるために公益通報者保護法を濫用してしまうことになります。

 


 

この時点で、あまり不正の告発を歓迎していないこと、もしくは慣れていないこと、もしくは、大学が求めている「研究不正」の告発とは、ある教官が「研究」費を「不正」に使い込んだことについてのタレコミ、内部告発のほうであることがおおよそわかりました。

そのため、もちろん一橋大学のサイトを見ても、盗用、改ざん、捏造に関しては、学内のみではなく、学内外から相談を受けつけているので、内部告発しか受け入れられないのはおかしいと筆者は反論しました。

 

 

 

そうすると、弁護士の先生は納得してくださって、大学に告発を提出してくれることになりました。

一か月待ちました。

 

一橋大学研究機構からのいわゆるお手盛り回答――われわれの規則ではこの告発は受けつけられない――

 

弁護士の先生に届いた回答は以下でした。弁護士の先生、一橋大学研究機構長の両方とも、個人名は伏せておきます。

 

メールに添付されたPDFファイルの題名を見ると、「匿名」であっても「内部通報」ではないのに、筆者の訴えをしつこく「内部通報」として扱っています。

 

 



「標記の件について、一橋大学研究機構会議にて慎重に協議を行った結果、一橋大学における公正な研究活動の推進に関する規則第9条第2項に規定する「特定不正行為の態様その他事案の内容が明示され、かつ、不正とする合理的理由が示されているもののみを受け付けるものとする。」に該当しないことから、令和2年9月16日付けで本告発を受け付けないものと決定いたしましたので、ここに通知いたします」。

 

「悪質とは言い難く、非常に軽微な不正である」や「教員紹介で「業績 その他」のリストに挙がっていても、新聞紙上での論説、学術論争は研究の一環であるとはみなせない」や「研究不正というより名誉毀損であるかどうかを検討すべき不正である」などの具体的文言は見当たりません。門前払いをするにあたって、隙を見せないように、それらしいことを言うけれども、こちらが「不正行為」に関して最低数千字を尽くして説明しても、こちらの文章を引用せず、何ら具体的な回答をしないのです。

この「一橋大学研究機構長」と弁護士の先生はいわゆるグルなのかもしれません。しかし、弁護士の先生でさえも、いわゆる"子どものお使い"のように軽く扱われてしまいました。

一橋大学研究機構会議」なるものがどのような人々から構成されているのかは不明です。学外の法曹関係者は含まれているのでしょうか。第三者委員会が判断せずに同僚や上司がお手盛りで裁けば、おおよそは無罪でしょう。

 

官僚にありがちな縦割り事務、縦割り行政、保身にもとづいて、「たしかに善悪を問えば、悪には違いないが〜」「~にこの件をもちこんだら、あなたの訴えは取り合ってもらえるかもしれない」とも言わずに、わたしが定めた規則に従えば、わたしの領域には関係ない、わたしには権限がない、と述べるだけです。本当に以上の文書が一橋大学からの回答のすべてでした。

2015年11月にこの「一橋大学における公正な研究活動の推進に関する規則」が施行されたそうです。しかし、おそらく、重い腰を上げて、大学にもコンプライアンス、説明責任が求められる時代に適応して、生き残りを図っただけなので、実際には摘発、処罰することはないのではないでしょうか。たとえば、もし「かんたんに罰すると、民事裁判が起きると敗訴のおそれもあるので、コンプライアンス上、軽々しく、認定、処罰できない」という理由があるとしても、結局、ただの旧弊な事なかれ主義にしか見えませんでした。学者に学者の不正を裁いてもらおうとしても、泥棒に泥棒を捕まえてくれと頼んでいるかのごとく、まったく徒労に終わるのです。

先ほどは、学外の窓口を担当している弁護士の先生のことを少し疑いました。しかし、子どものお使いのように軽く扱われてしまいましたが、それでも、その先生がいなければ、こういう公文書さえ発行されなかったのではないでしょうか。そのかぎりで、弁護士の先生にはたいへん深く感謝いたしております。

 

 

・常勤の大学教員はめったに処分されない、残るは社会的制裁のみ

 

一橋大学は明らかにデマや名誉毀損を含む論考を指摘のあとでさえも多田治教員の「業績 その他」のリストに入れたままにするのか。「黙って消すわけにもいかないので、理由とともに「不正業績」リストのひとつとして掲載してほしい」という筆者の要望も受け入れられませんでした。おそらく大学教員の社会貢献をアピールするためにごく小さなものまで発表したものを記載させているのでしょうが、そのなかに大きな瑕疵があれば、説明するのも大学の社会的責任です。

古市憲寿氏がどうやら結局博士の学位を取得できないのも、三浦瑠麗氏が東京大学政策ビジョンセンター講師以降アカデミックな職位に就いていないのも、具体的な証言はないものの、しかし、所属先にも苦情が寄せられたでしょうから、それぞれがマス=メディアで行った差別発言、古市氏は「ハーフってなんで劣化するのが早いんでしょうね」、三浦氏は「いま大阪がヤバいといわれる。首都よりほかの大都市が狙われる可能性がある」という主旨の発言が影響しているのかもしれません。

2020年1月、大澤昇平・東京大学特任准教授(当時)氏はTwitter上で行った差別発言のせいで東京大学に懲戒解雇されました。

しかし、大学院生やおそらく年限つきの教員ではなく、常勤の教員ならば、彼らは大学内での地位や将来を失ったでしょうか。

そもそも常勤、正社員と非常勤、パートタイムとの格差は激しいものです。とくに、大学のなかで、年限つきの教員はちょっとした素行不良、悪い噂があるだけで、理由も説明されずに契約を延長してもらえないかもしれないのに対して、常勤の教員は暴行、窃盗、痴漢、横領などの刑事事件を起こして逮捕される見込みが確実にならないかぎり、解雇されないものです。どの組織にも共通することですが、組織は、外部から批判されている組織の構成員を守ることで、組織全体も守ります。

アウティング事件、梁英聖さんに対するマンキューソ准教授のハラスメント事件も見るかぎり、今回も一橋大学は全力で構成員の罪、咎を認めないのでしょう。それを覆せるのは、司法の裁きか、ネットでの大炎上かなのでしょう。いや、それらさえ覆せないかもしれません。"無名人"の不正は炎上せずにかんたんに見逃されてしまうことが悔しくてなりません。

 

次回は『琉球新報』がこの件を完全に無視したことについて書かせてください。